こわくないおばけ

日記のようなもの

帰還困難区域へ行った

帰還困難区域とは、福島第一原発の事故により放射線量の高い、立ち入りが禁止されている区域。ここを縦断する国道6号線は、事故の3年後から特別に通行が許可されているので、車で行ってみた。

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参照:ふくしま復興ステーション

いわきで車を借りて、6号線を北上する。

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晴れているのに雨が降ってきれいな虹が出たりして不思議な天気だ。

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40kmほど走り富岡町の北部に差し掛かると、ここから帰還困難区域という注意喚起の看板があって、警備員が立っている。少し手前までふつうにコンビニもあった。

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通行が認められているのは自動車の他に、20年3月からバイクも通れるようになった。徒歩や自転車での入域はできない。停車もしたらダメ。

ロードサイドにはガソリンスタンドやショッピングセンター、ホームセンター、家電量販店などがある。どこにでもありそうな風景なのに、どこを見渡しても人の気配はまったくなくて、異様な雰囲気だった。

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老朽化し傷みの目立つ建物もあれば、外から見る限りほとんど被害がないような建物もある。

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車の窓越しに覗いたファッションセンターしまむらの店内は、服がラックに掛かったままだった。強制避難後、時が止まって9年。

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交差点や家の入り口は、頑丈なバリケードで封鎖されている。柵のない道には警備員が立っていて、その先へは通行許可証と防護服が必要。

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除染で出た廃棄物が入っているフレコンバッグ。中間貯蔵施設か、もしくは特定廃棄物埋立処分施設へ運ばれていく予定だが、置きっぱなしになってるものも多い。

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依然、廃炉作業が続いている福島第一原発から2kmの距離を通過。遠くにたくさんのクレーンが見えるあたりが原発の敷地だと思う。

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大熊町双葉町を通過して浪江町へ。帰還困難区域はここまで。

17年3月に一部避難指示が解除された浪江町には、イオンが新しくできていたりして、人もちらほら見かけた。今は約1,100人ほどが暮らしているそうです(震災当時の人口は約21,500人)。

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町の至る所にモニタリングポストが設置されていて、空間線量を測定・公表している。

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沿岸部へ行ってみた。15.5メートルに達したとされる大津波に襲われた請戸地区は、広大な更地が広がっていて、除染廃棄物の仮置き場と工事の資材以外は何もなかった。防潮堤で海は見えない。

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19年の9月から許可証なしで通行ができるようになった、山側にある県道35号を南下し、いわき方面へ戻ることにした。

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事故の影響で使えなくなってしまった農耕地を、太陽光パネルが覆い尽くしている。

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山のように積まれた除染廃棄物。

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一瞬だけ停車し、放射線測定器で空間線量を測ると、安い簡易的なものなのであまり精度は高くないかもしれないが、この日一番高い、毎時5.61マイクロシーベルトと出た。年換算で50ミリシーベルト。一般人の被ばく限度の年間1ミリシーベルトのおよそ50倍の数値だ。

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無人の集落を抜け、国道6号に戻ってきた。

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帰還困難区域から出て、富岡町にある「特定廃棄物埋立情報館リプルンふくしま」という環境省の建てた施設に行ってみた。

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放射性物質に汚染されたごみの埋立処分について学べる体験型の情報館で、この建物の裏の山には埋立処分場がある。

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展示も今風な感じで、わかりやすくできているし、説明してくれた職員の人も丁寧だったけど、なんとなくすべてが妙に明るいイメージで、「やってます感」だけが前面に出ていて違和感がある。国の施設なので仕方ないかもしれない。

同じように、中間貯蔵施設のことを見学できる大熊町の「中間貯蔵工事情報センター」や、東京電力の「東京電力廃炉資料館」が近くにあるが、休館日だったりして行けなかった。次はここへも行きたいと思ってたら、新型コロナウイルスの影響で当面休館となってしまった。どう考えても人がごった返すような場所ではないと思うのだけど...。

震災から9年が経過して、確かに復興は部分的には少しずつ進んでいるようだけど、とても終わりが見えているような状況ではないと思った。一方的に避難指示を解除し、被災者への支援を打ち切り、復興五輪だとか言って、聖火リレーが行われる場所だけきれいにして、誰のための復興なのかよくわからない。

実際に行って自分の目で見ないとわからないことはやっぱり多いなと思いました。

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