帰還困難区域へ
帰還困難区域とは、福島第一原発の事故により放射線量の高い、立ち入りが禁止されている区域。ここを縦断する国道6号線は、事故の3年後から特別に通行が許可されている。
参照:ふくしま復興ステーション
いわきを出発し6号線を北上する。
晴れているのに雨が降ってきれいな虹が出たりして不思議な天気だ。
40kmほど北上し、富岡町の北部に差し掛かかったあたりから注意喚起の看板が見えてきた。少し手前までふつうにコンビニもあった。
通行が認められているのは自動車と、今月からバイクも通れるようになった。徒歩や自転車での入域はできない。基本的に停車したらダメ。
ガソリンスタンドやショッピングセンター、ホームセンター、家電量販店など、どこにでもありそうなロードサイドの風景。
老朽化し傷みの目立つ建物もあれば、外から見る限りほとんど被害がないような建物もある。
交差点や家の入り口は、頑丈なバリケードで封鎖されている。警備の人が立っている道から先へは通行許可証がないと行けない。
除染で出た廃棄物が入っているフレコンバッグ。置きっぱなしになったまま時間が経ってそうなものも多かった。
依然、廃炉作業が続く福島第一原発から2kmの距離を通過。遠くにたくさんのクレーンが見えるあたりが原発の敷地だろうか。
17年3月に一部避難指示が解除された浪江町には、イオンが新しくできていたりして、人もちらほら見かけた。今は約1,100人ほどが暮らしているそうです(震災当時の人口は約21,500人)。
町の至る所にモニタリングポストが設置されていて、空間線量を測定・公表している。
15.5メートルに達したとされる大津波に襲われた沿岸部の請戸地区は、広大な更地が広がっていて、除染廃棄物の仮置き場と工事の資材以外は何もなかった。防潮堤で海は見えない。
19年9月から許可証なしで通行ができるようになった、山側にある県道35号を南下し、いわき方面へ戻る。
事故の影響で使えなくなってしまった農耕地を、太陽光パネルが覆い尽くしている。
大量に積まれた除染廃棄物。こういう場所が何箇所かあった。
山の中で一瞬だけ停車し、放射線測定器で空間線量を測ると、簡易的なものなのであまり精度は高くないかもしれないが、この日一番高い、毎時5.61マイクロシーベルトと出た。年換算で50ミリシーベルト。一般人の被ばく限度は年間1ミリシーベルト。
帰還困難区域から出て、富岡町にある「特定廃棄物埋立情報館リプルンふくしま」という環境省の建てた施設に行ってみた。
放射性物質に汚染されたごみの埋立処分についての情報館で、この建物の裏の山には埋立処分場がある。
展示も今風な感じで、わかりやすくできているし、説明してくれた職員の人も丁寧だったけど、なんとなくすべてが妙に明るいイメージで違和感がある。
同じように、中間貯蔵施設のことを見学できる大熊町の「中間貯蔵工事情報センター」や、東京電力の「東京電力廃炉資料館」が近くにあるが、新型コロナウイルスの影響で当面休館だった。混雑するような場所ではないと思うのだけど...。
震災から9年が経過して、確かに復興は部分的には少しずつ進んでいるようだけど、とても終わりが見えているような状況ではないと感じた。一方的に避難指示を解除し、被災者への支援を打ち切り、復興五輪だとか言って、聖火リレーが行われる場所だけきれいにして、誰のための復興なのかよくわからない。
行ってみないとわからないことは多かった。